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月間特集 東日本大震災保健医療支援

熊本県こころのケアチームに帯同して

桜が丘病院 大礒宏昭

3月11日の東日本大震災で亡くなられた多くの方のご冥福をお祈り致します。また、今も困難な生活を余儀なくされている被災者の方々に心よりお見舞い申し上げます。被災地支援として熊本県が派遣している心のケアチーム(第9陣:5月8日から15日)に熊本大学病院神経精神科グループの医師として帯同させて頂き、被害が甚大であった宮城県南三陸町とその避難住民の多い登米市で主な活動を行ってきました。

震災から約2ヶ月が経ちますが、南三陸町の沿岸から約5kmに及び延々と瓦礫の山が続き、未だに大津波の残した爪痕が色濃く残されたままの惨状は言葉を失うものでした。長期化する避難所生活はプライバシーや物資等の様々な面で不自由を抱えたものですが、その中で支え合って前を向こうとする被災者の方々の姿にはこちらが勇気付けられる毎日でした。また、多くの被災者の方から熊本から支援活動に来ていることへの感謝や労いの言葉を逆に頂戴し、東北の方々の心の温かさと強さが本当に印象的でした。

私が滞在していた5月13日に南三陸町の医療対策本部は解散し、外部医療支援チームの避難所における災害医療活動は撤退しました。これは地域の拠点病院であった公立志津川病院が仮設診療所での診療を再開する準備が整い、地元の医療再生と自立を一日も早く目指すという西澤匡史医師(南三陸町医療統括リーダー:志津川病院)の決断でした。南三陸町は震災以前から医療過疎地であり、現在はさらに医療施設や医師数が不足した状態にあります。当然ながら現地の医療スタッフには今後も引き続きかなりの負担が予想されますが、地元医療機関の再建に向けた強い意志には頭が下がる思いでした。

まずは一刻も早く電気や水道といった最低限の生活の基盤が整備されて仮設住宅への入居が円滑に進むことが望まれ、雇用対策など国を挙げての大規模な支援が今後必要となります。熊本から可能な直接的な支援は限られるかもしれませんが、日本各地の多くの人々が小さな支援でも継続していければと思います。一日も早い東北被災地の復興を願います。